今日は5月4日。

ゴールデンウィークも終盤だ。昭和の子どもにとって、この日は少し不思議な日だった。

5月3日(憲法記念日)と5月5日(こどもの日)という2つの祝日に挟まれながら、昭和60年(1985年)より前の5月4日は、正式な祝日ではなかった。学校は休みのこともあれば、そうでないこともある。なんとも宙ぶらりんな日付だ。

そんな5月4日に、昭和の時代に起きた3つの出来事を掘り起こしてみたい。


その一 ラムネの誕生──明治5年(1872年)5月4日

まず一つ目は、昭和より遥か昔の話だが、昭和の子どもの夏に欠かせないものの誕生秘話だ。

ラムネ

瓶の口にビー玉が詰まった、あの独特の飲み物。昭和の縁日や駄菓子屋に必ずあって、暑い日に飲む一杯はなんとも言えない爽快感があった。

明治5年(1872年)の5月4日、東京の実業家・千葉勝五郎が、ラムネの製造販売の許可を取得した。中国人のレモン水製造技師を雇って製法を学んだというから、当時としては相当な苦労があったはずだ。

「ラムネ」という名前の由来は「レモネード」だ。外来語が日本人の口の中でなまって「レモネード→ラムネード→ラムネ」と変化していった。そのラムネが日本で正式に製造・販売できるようになったのが、この5月4日だった。

昭和の子どもには、ラムネの飲み方に一つの作法があった。瓶の口にあるビー玉を、付属の押し込み棒でグッと押し下げる。シュワッと炭酸が抜ける瞬間の音と感触。そして飲みながらビー玉がコロコロと転がる感覚。飲み終わった後、瓶を割ってビー玉を取り出そうとした子どもも少なくないはずだ。

明治の夏に生まれたあの飲み物は、昭和の子どもの夏にも確かに生きていた。


その二 「1999年に人類は滅亡する」──昭和48年(1973年)のあの予言

次は少し違う話。昭和の子どもが「怖かった」ものの話だ。

昭和48年(1973年)、一冊の本が日本中を震撼させた。

五島勉著『ノストラダムスの大予言』

16世紀のフランスの占星術師・ノストラダムスが書いた詩集の中に、「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくるだろう」という一節がある。五島勉はこれを「人類滅亡の予言」と解釈し、発売するやいなや250万部を超えるベストセラーになった。

昭和48年といえば、オイルショックが起きた年だ。トイレットペーパーが店頭から消え、将来への漠然とした不安が社会全体を覆っていた。そういう時代の空気の中に、「1999年に世界が終わる」という予言が飛び込んできたのだから、信じてしまった人が多かったのも無理はない。

そして怖かったのは、大人だけではなかった。

5月4日はノストラダムスの命日(1566年)でもある。「ノストラダムスの日」と呼ばれるのもそのためだ。

昭和50年代の子どもたちは、この予言を本気で信じていた。教室で回し読みされ、「27歳で死ぬんだ」と本気で思っていた子もいたという。携帯電話もインターネットもない時代、「本に書いてあることは全て事実」という感覚があった。怖いけれど、手放せない。昭和の子どもたちにとって、ノストラダムスの大予言はそういう存在だった。

1999年、予言は外れた。世界は続いた。

あの恐怖は、いったい何だったのだろう。今となっては少し可笑しいような、でもあの頃の本気の怖さは確かに本物だったような──そんな不思議な記憶として残っている。


その三 GWがひとつながりになった日──昭和60年(1985年)

最後は、ゴールデンウィークの話だ。

昭和60年(1985年)12月27日、祝日法が改正された。これにより、「国民の祝日に挟まれた日は、たとえ祝日でなくても休日とする」というルールが生まれた。

この法改正が実質的に意味していたのは、5月4日を休日にすることだった。

それまでの5月4日は、曜日によって休みになったりならなかったりする、なんとも不安定な日だった。3日が憲法記念日、5日がこどもの日という2つの祝日に挟まれながら、4日だけが取り残されていた。その「谷間」を埋めようというのが、この法改正の目的だった。

制度自体は昭和60年末から始まったが、翌年・翌々年の5月4日はそれぞれ日曜と月曜だったため、実際に「国民の休日」として最初に機能したのは**昭和63年(1988年)**のことだ。

こうして昭和の終わりごろ、ゴールデンウィークはようやく4月29日から5月5日まで途切れなくつながるようになった。

昭和の子どもが大人になる頃に、ようやく手に入った長い連休。あの法改正がなければ、今のゴールデンウィークの感覚はなかったかもしれない。


おわりに

5月4日という日に、こんな3つの昭和の断片がある。

明治に生まれて昭和の子どもの夏を彩ったラムネ。昭和の子どもが本気で怖れた世界の終わり。そして、GWをひとつながりにした法改正。

ゴールデンウィークの残り一日、どこかでこの日のことを思い出してもらえたら嬉しい。