【昭和の今日は何があった日?】5月14日──「もしかめ」が、家に帰ってきた

今日は5月14日、けん玉の日だ。 大正8年(1919年)のこの日、現代のけん玉の原型となる「日月ボール」が実用新案として登録された。三日月のような浅い皿で、太陽のような球を受ける。日と月をかけた名前が、そのまま道具の形を表していた。 正直に言うと、私自身はあの昭和のけん玉ブームにそれほど深くハマった記憶がない。あの頃、私が夢中だったのはコカ・コーラのヨーヨーだった。赤いコーラのロゴが入ったあのヨーヨーのひもを右手中指にはめ、「犬にかまれた」や「世界一周」の技を練習していた。けん玉より断然ヨーヨー派だった。 でも、けん玉との縁はずっと後になってやってきた。我が家の子どもたちを通じて。 酒の席の遊びが、子どもの手に渡るまで けん玉の歴史は古い。 16世紀のフランスに「ビル・ボケ」という似た遊び道具があり、それが日本には江戸時代中期に伝わったとされている。ただし当時のけん玉は、今のような十字型ではなく、棒の上下に皿がついた形だった。しかも子どもの遊びではなく、大人が酒の席でやる罰ゲームの道具だったというのが面白い。失敗したら酒を飲まされる、というルールだったらしい。 それが明治時代に文部省の教育解説書に「子どもの遊び」として紹介されたことで、少しずつ子どもたちのものになっていった。 そして大正7年(1918年)、広島県呉市の職人・江草濱次が、現代のけん玉の基本構造となる「日月ボール」を考案した。大皿、小皿、そしてけん先という三つの的を持つあの形が、このとき初めて生まれた。翌大正8年のこの日に実用新案として登録され、これが「けん玉の日」の由来になっている。 昭和52年「けん玉ルネッサンス」 日月ボールが生まれてから約60年後の昭和52年(1977年)、日本に突然けん玉の大ブームが訪れた。 後に「けん玉ルネッサンス」と呼ばれるこの爆発的な流行のきっかけは、昭和50年(1975年)に設立された「日本けん玉協会」だった。雑多なけん玉ではなく、統一された規格の競技用けん玉を作り上げ、級・段位の認定制度を整えた。 この競技用けん玉が小学校や学童に普及し、昭和52年ごろから全国の子どもたちの間に一気に広まっていった。1級になったら糸の色が変わる。段位が上がるたびに認定証がもらえる。そういう「上達の見える仕組み」が、子どもたちの心をつかんだのだと思う。 「何回続いた?」「俺、100回いったぞ」「嘘つくな」「ほんとだよ、見てろよ」 休み時間の校庭で、そういうやり取りが毎日繰り返された。私にはヨーヨーで同じやり取りをしていた記憶があるが(笑)、けん玉派の友達はもしかめの回数を誇らしげに語っていた。 学童から帰ってきた、あのけん玉 私自身はヨーヨー派だったが、我が家にもけん玉ブームは確かにやってきた。 子どもたちが小学校に入学して学童保育に通い始めると、そこでけん玉と出会うのだ。学童にはたいていけん玉が置いてあって、放課後に先生や友達と一緒にやるうちに夢中になっていく。そして家に帰ってくると「けん玉買って!」が始まる。 我が家の子どもは男女合わせて5人いる。その5人が、上から順番に学童でけん玉と出会い、順番にその波が家に押し寄せてきた。 けん玉を買ってきた翌日から、家の中に「もしもしかめよ、かめさんよ……」のリズムが響き始める。最初はぎこちない。玉が皿からこぼれ落ちる。「あー!」という声が上がる。また挑戦する。少しずつ続くようになってくる。 そのうちに、上の子たちが反応し始める。 「やらせて、やらせて」 『どや顔』で技を披露する、あの光景 けん玉の奪い合いが始まる。 下の子が一生懸命もしかめをやっていると、上の子が「貸して」と手を伸ばしてくる。渡すと、今度は上の子がすでに習得した技を披露し始めるのだ。 大皿から小皿、小皿から大皿へ。スムーズに乗せながら、ちらりと下の子の方を見る。**『どや顔』**だ。 「お兄ちゃん(お姉ちゃん)すごい!」という言葉を待っている顔。それを引き出したくて、わざわざ技を見せているのだ。下の子はそれを見て、「私も!」「僕も!」となる。またけん玉が奪い合いになる。 その光景が、5人分繰り返された。上の子が下の子に見せつけ、下の子がさらに下の子に見せつける。我が家のけん玉の技は、そうやって上から下へと受け継がれていった。 考えてみれば、けん玉の普及というのも同じ構造だったのかもしれない。できる人が見せる。見た人がやりたくなる。やってみて、できるようになる。また誰かに見せる。昭和52年の「けん玉ルネッサンス」も、そういう連鎖で日本中に広まっていったのだと思う。 「あせらず、あわてず、あきらめず」 日本けん玉協会の初代会長・藤原一生が唱えた「けん玉道」の基本精神は、**「あせらず、あわてず、あきらめず」**という言葉だった。 焦って力を入れても、玉は皿に乗らない。慌てて動かしても、タイミングが合わない。諦めてやめても、上達はしない。ただ落ち着いて、丁寧に、繰り返す。そうすると、ある日突然できなかった技ができるようになる。 子育てにも、そのまま当てはまる言葉だと思う。 おわりに 我が家のどこかに、まだ何本かのけん玉が眠っているはずだ。 5人の子どもたちが次々と夢中になって、次々と飽きて、どこかに置き去りにしていったあのけん玉たち。押し入れの奥か、おもちゃ箱の底か、どこかにひっそりとしまわれているだろう。 探し出して、もう一度やってみようかと思っている。「もしもしかめよ、かめさんよ……」のリズムに合わせて、大皿、小皿、大皿、小皿。 我が家に、もう一度けん玉ブームを起こしてみようか。 探し出したら、子どもたちに声をかけてみようと思っている。 「けん玉、やってみるか?」 あの頃のどや顔を、それぞれもう一度見せてもらえたら嬉しい(笑)。

May 13, 2026