【昭和の今日は何があった日?】5月2日──たいやきくんは、なぜ海に逃げたのか
今日は5月2日。ゴールデンウィークも終盤に差し掛かる、少し惜しいような一日だ。 昭和の子どもにとって、このあたりから「もうすぐ学校だ」という現実がじわじわと迫ってくる時期でもあった。楽しかった連休の終わりに、どこか気持ちが沈む感覚。子どもだったから言葉にはできなかったけれど、あの感覚は今でも5月の空気の中にある気がする。 今日は、そんな「逃げ出したい気持ち」を歌にした、昭和50年の一曲の話をしたい。 昭和50年(1975年)──たいやきくんが、逃げた日 「毎日毎日僕らは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうよ」 この歌いだしを聞けば、昭和を生きた人なら誰でも、あのメロディーが頭の中に流れてくるはずだ。 「およげ!たいやきくん」。昭和50年12月25日、クリスマスの日に発売されたこの一曲は、日本中を文字通り席巻した。シングル盤の売上は最終的に450万枚以上に達し、2024年現在もなお日本歴代シングル売上の第1位に輝いている。 もともとはフジテレビの子ども番組『ひらけ!ポンキッキ』の中で流れていた曲だ。番組内でオンエアが始まったのは昭和50年の秋ごろで、子どもたちの間でじわじわと人気に火がついていた。最初に歌っていたのは無名のフォークシンガーだったが、レコード化の話が持ち上がったとき、契約の都合でその歌手は使えなくなった。急遽代わりに白羽の矢が立ったのが、子門真人という歌手だった。 子門真人は当時、特撮やアニメの主題歌を吹き込む仕事を続けていた。仮面ライダーの「レッツゴー!!ライダーキック」もこの人が歌っている。ただ、主役ではなく裏方に近い立場で、吹き込み料は一曲あたり数万円という世界だった。 「たいやきくんも歌ってみないか」と声をかけられたとき、子門は特に深く考えずに引き受けた。いつものアルバイトの感覚だ。練習なしで、スタジオに入って約1時間で録音を終えた。ギャラは5万円。それだけだった。 その5万円の歌が、日本中で450万枚売れた。 子どもが喜び、大人が泣いた歌 不思議な歌だった。 表向きには子ども向けの童謡だ。たいやき屋から逃げ出した小さなたいやきが、海を泳ぎ回り、自由を謳歌する。でも最後には釣り人に釣られて食べられてしまう。なんとも後味が複雑な結末だ。 昭和50年代、この歌はサラリーマンの心情を代弁する歌だと言われた。毎日毎日、同じ場所で同じことをして、嫌になっても逃げられない。でもいつか逃げ出してやる。海まで泳いでやる──そんな感情が、たいやきという小さな存在に重なって見えたのだ。 大人たちがこの歌を聴いて涙を流した、という話が当時の雑誌にも載っていた。子ども向けの番組から生まれた歌が、なぜか働く大人の胸を打った。昭和50年という時代は、高度経済成長が一段落し、豊かにはなったけれどどこかくたびれた感じが社会全体に漂い始めた時期だった。オイルショックの後遺症もまだ残っていた。そんな時代の空気が、あのたいやきくんに乗り移っていたのかもしれない。 子どもだった私には、そんなことは何もわからなかった。ただ、あの独特のメロディーと「鉄板の上で焼かれる」という言葉が不思議に頭に残って、何度も口ずさんでいたのを覚えている。 5万円のギャラと、450万枚の皮肉 子門真人のギャラが5万円だったという話は、後に大きな話題になった。 印税契約ではなく買い取りで録音したため、450万枚売れても子門に入るお金は最初の5万円だけだった。後にレコード会社から特別に100万円と白いギターが贈られたが、23億円以上の売り上げに対してその扱いは切ない。 「歩合か買い取りか選べると言われて、何となく買い取りにした」と子門は語っている。まさかこれほど売れるとは思っていなかった。そりゃそうだ。子ども番組の一曲に、そんな夢を見る人はいない。 皮肉なことに、あの「逃げ出したい」という歌を歌った本人が、利益という意味では一番損をした形になった。たいやきくんと同じで、最後に食べられてしまったのは歌手のほうだったのかもしれない。 それでも子門真人は、その後も「ホネホネロック」「はたらくくるま」など子ども向けの歌を歌い続けた。昭和の子どもたちの記憶のどこかに、この人の声は確かにある。 おわりに 「およげ!たいやきくん」の発売は昭和50年12月25日だ。5月2日とは直接の関係はない。 でも、ゴールデンウィークの終わりが近づいて「また日常が始まる」という感覚を覚えるこの時期に、この歌のことをどうしても思い出してしまう。毎日毎日焼かれて嫌になっちゃう、という気持ちは、昭和の子どもにも、大人にも、そして今を生きる私たちにも、どこかに宿っているものだから。 たいやきくんは海に逃げた。最後は食べられてしまったけれど、あの自由に泳いだ時間は本物だったはずだ。 あなたが最後に「逃げ出したい」と思ったのは、いつのことだろうか。