【昭和の今日は何があった日?】5月6日──「ワープロ」という言葉が生まれた日、そして今

今日は5月6日。連休が明けて、また日常が始まる。 昭和の大人たちにとって、この時期はデスクに積み上がった仕事が待ち構えていた。書類、報告書、手紙。昭和の職場では、そのすべてが手書きか、和文タイプライターで打たれていた。 そんな昭和の「書く仕事」を、根本から変えてしまった機械がある。 ワープロ──ワードプロセッサーの略だ。 昭和57年(1982年)の5月6日、富士通がある機械を発表した。日本初の100万円以下のワープロ、その名も「マイオアシス」。この日が、「ワープロ」という言葉が日本に定着するきっかけになった日でもある。 75万円の「文明の利器」 「マイオアシス」の価格は75万円だった。 今の感覚では「それでも高い」と思うかもしれない。でも当時のワープロは1台500万円以上が当たり前の時代だった。それが75万円になった。半額以下どころか、7分の1以下だ。オフィスの大型機械だったワープロが、初めて「買えるかもしれない」という存在になった瞬間だった。 この発売に合わせて、富士通は大相撲の人気力士・高見山を起用したテレビCMを大量に放映した。外国人力士として初めて幕内最高優勝を果たし、愛嬌あふれるキャラクターで日本中に人気だったあの高見山が、ワープロのキーボードを叩く映像が全国に流れた。 このCMの中で繰り返し使われた「ワープロ」という略称が、そのまま日本語として定着した。それまでは「日本語ワードプロセッサー」と呼ばれていたこの機械を、日本人は「ワープロ」と呼ぶようになった。 高見山とワープロ。なんとも昭和らしい組み合わせだと思う。 和文タイプライターからワープロへ ワープロが登場する前、日本の職場で文書を作るのがいかに大変だったか、今の若い世代には想像もつかないかもしれない。 和文タイプライターというものがあった。2000個以上の活字が並んだ大きな盤の上を、専用の棒で一文字一文字探して、ガチャンと打ち込んでいく。熟練のタイピストが必死に習得した職人技だった。それでも漢字の種類は限られていて、特殊な文字は使えなかった。 ワープロが変えたのは、そこだった。キーボードでひらがなを打てば、漢字に変換してくれる。間違えても、印刷前なら何度でも直せる。文章を丸ごと動かしたり、コピーしたりもできる。 昭和の大人たちが初めてワープロを触ったときの驚きは、相当なものだったはずだ。「こんなことができるのか」という感動と、「自分にも使えるだろうか」という不安が入り交じった、あの顔が目に浮かぶ。 「ワープロしちゃう」が流行語になった昭和60年代 マイオアシスが発表された昭和57年から数年後、ワープロは急速に普及していった。 昭和60年(1985年)には、東芝が9万9800円という価格のワープロを発売して「10万円以下」の壁を破った。さらにカシオが5万9800円という衝撃の低価格機を投入し、「電卓戦争の再現」とマスコミに騒がれた。 価格が下がるにつれ、ワープロは家庭にも入り込んできた。「ワープロしちゃう」という言葉が若者の間で流行語になったのも昭和60年代のことだ。 少し裕福な家の友達の家にワープロがあって、みんなで触らせてもらった。カタカタと打てば漢字が出てくる、あの感覚の新鮮さ。学校の作文や卒論をワープロで打ち込んだあの誇らしさ。昭和の終わりごろ、私たちの世代はそうやってワープロと出会った。 ワープロが消え、パソコンが来て、そしてAIが来た 昭和が終わり平成に入ると、ワープロは静かに姿を消していった。 パソコンが普及し、ワープロソフトが使えるようになると、専用機を買う理由がなくなった。「Rupo」「書院」「文豪」「オアシス」──かつてワープロのブランド名として輝いていたそれらの名前は、今の若い世代はほとんど知らない。 そしてパソコン時代が来て、インターネットが来て、スマートフォンが来た。気がつけば、私たちは次々と「新しい文明の利器」を手にしながら、ここまで来た。 そして今、また大きな波が来ている。 AIだ。 今、私たちが手にしているもの 昭和57年に75万円だったワープロが「文明の利器」と呼ばれた。 今、15万円程度のMacBook Airを手にすれば、かつてのスーパーコンピューター顔負けの処理能力と、高度なAIが使える。文章を書かせれば、あっという間に仕上げてくる。調べものをすれば、必要な情報を整理してまとめてくれる。翻訳も、要約も、提案も、瞬時だ。 さらに今はエージェント型のAIまで登場している。人間が「こういうことをやっておいて」と指示を出せば、AIが自律的に考え、判断し、作業を完了させてしまう。ワープロが「手書きからの解放」だったとすれば、AIエージェントは「作業そのものからの解放」に向かっている。 昭和57年に75万円のワープロに驚いた人たちが、今この時代を見たら何と言うだろうか。 これはもはや道具の進化ではなく、現代の産業革命だと思う。蒸気機関が肉体労働を変えたように、AIは知的労働そのものを変えようとしている。 おわりに──振り返ることで、感謝がわいてくる 昭和57年5月6日、「ワープロ」という言葉が日本に生まれた。 あの日、75万円の黒い箱の前でおそるおそるキーボードを叩いた大人たちがいた。「こんなことができるのか」と目を丸くしながら、書く仕事の未来が変わっていく予感を感じていたはずだ。 あれから40年以上が経った。 和文タイプライターからワープロへ。ワープロからパソコンへ。パソコンからスマートフォンへ。そして今、AIへ。 振り返ってみると、私たちはとんでもない時代の変化の中を生きてきたのだと気づく。そして今、その変化のスピードはさらに加速している。 昭和の道具たちへの懐かしさとともに、今この時代に生きていることへの感謝がじわじわと湧いてくる。75万円のワープロに驚いた世代が、AIと一緒に仕事をする時代を生きている。それ自体が、ものすごいことだと思うのだ。

May 5, 2026