【昭和の今日は何があった日?】5月12日──青いまわしの、あの力士が好きだった
今日は5月12日。 この日付を調べていて、一枚の土俵の映像が頭に浮かんだ。 平成3年(1991年)5月12日、大相撲夏場所の初日。18歳の貴花田が横綱・千代の富士を寄り切りで破り、史上最年少金星を挙げた。そしてその2日後、千代の富士は引退を表明した。 あの一番の話を書く前に、まず私が千代の富士のファンになった話をしたい。 青いまわしの、上昇する力士 昭和54年(1979年)から昭和56年(1981年)ごろのことだ。 私はまだ小学校の低学年から中学年だった。テレビで大相撲中継を見ていると、一人の力士が目に飛び込んできた。 千代の富士。当時はまだ小結から関脇、そして大関へと番付を駆け上がっていく上昇期にあった。横綱になる前の、ぐんぐんと力をつけていくあの時代の千代の富士だ。 最初に目を引いたのは、まわしの色だった。薄い青。他の力士が黒や濃い色のまわしをしめている中で、千代の富士だけが澄んだ青のまわしをしていた。それだけで、なんとなく他とは違う存在感があった。 そして取組が始まった瞬間、さらに驚いた。 速い。 それまで相撲というものに、それほど強い関心を持っていなかった。体の大きな男たちがぶつかり合う競技、というくらいの印象しかなかった。でも千代の富士の相撲は、その印象をひっくり返した。 立ち合いから低く、鋭く当たる。頭を相手の胸からアゴの下に差し込むようにして、左手が一瞬で相手のまわしを掴みにいく。左前みつ。そこを取った瞬間から、もう勝負は見えていた。頭を胸につけたまま一気に前に出る。相手がどれだけ大きくても、あの体勢から止めることはできなかった。 素直に思った。 かっこいい。 小結から関脇へ、関脇から大関へ。番付を上げるたびに千代の富士の相撲は研ぎ澄まされていった。私はその上昇をリアルタイムで追いかけながら、夢中でテレビ中継を見続けた。 「時間いっぱい!」の瞬間 千代の富士のファンになってから、相撲中継の見方が変わった。 特に集中したのが、**「時間いっぱい!」**の直後だ。 行司が「時間いっぱい、手をついて」と告げ、両者が仕切りに入る。その瞬間から、私は一点だけを見ていた。 千代の富士の左手が、相手の前みつを取れるか。 テレビの前で体が前のめりになる。「取れ、取れ、取れ!」と心の中で叫んでいた。 前みつを取った瞬間の千代の富士の動きは、まるで弾けるようだった。低い体勢から爆発的な力で相手を押し込む。ガッと音がしそうなほどの前進。相手が土俵を割るまでの時間は、ほんの数秒だ。 あの数秒のために、私は毎場所の相撲中継を見ていた。 鋼の肉体と、孤独な努力 千代の富士の肉体が、また特別だった。 北海道の漁師町出身のこの力士は、入門当初は体が細くて「横綱になれる体じゃない」と言われていた。肩の脱臼を繰り返す弱点もあった。それを克服するために、誰よりも筋力トレーニングに取り組んだ。 その結果生まれたのが、あの彫刻のような上半身だ。三角形に盛り上がった肩、浮き出た筋肉の線、引き締まった腹。昭和の力士の中で、あれほど「鍛えられた体」を持っていた力士は他にいなかった。 昭和56年(1981年)初場所、千代の富士はついに初優勝を遂げた。そして同年9月場所で横綱に昇進した。 小結から見続けてきた青いまわしの力士が、ついに土俵の頂点に立った。テレビの前で「やった」と思った記憶がある。 その後の千代の富士は知っての通りだ。幕内優勝31回、通算1045勝、53連勝、国民栄誉賞。昭和の相撲をひとりで背負うような存在になっていった。 18歳の少年が、ウルフを倒した日 あれから10年後。平成3年(1991年)5月12日、夏場所初日。 貴花田光司、18歳9カ月。のちの横綱・貴乃花だ。前の場所で幕内下位から優勝争いに加わる快進撃を見せ、日本中の注目を集めていた。その貴花田が初日から千代の富士と当たることが決まった。 場内がどよめいた。 取組が始まると、貴花田は低く当たり、ひたすら前に出た。引かなかった。変化しなかった。千代の富士が突き落としを狙っても、ただ正面から前に出続けた。そのまま貴花田が寄り切った。 18歳9カ月、史上最年少金星。 土俵下に降りた千代の富士は言った。 「三重丸って言っておいてよ。いや、五重丸だ」 負けた横綱が18歳の少年に最大級の賛辞を贈ったあの言葉。強さを認める者にしか言えない清々しさがあった。 そして2日後の5月14日、千代の富士は引退を表明した。 「体力の限界……気力も無くなり、引退することになりました」 ハンカチで目をぬぐいながら振り絞るように言ったあの言葉を、テレビの前で聞いたとき、言葉が出なかった。 小結のころから追いかけてきた青いまわしの力士が、土俵を去った。 おわりに 平成3年5月12日、千代の富士は18歳の貴花田に道を譲った。 昭和54年ごろ、テレビの画面に薄い青のまわしをした力士を見つけて「かっこいい」と思った小学生の私は、その力士が小結から関脇、大関、横綱へと駆け上がっていくのをずっと見続けた。そして横綱を10年以上務めた末に涙をぬぐいながら引退する姿まで見届けた。 千代の富士は2016年に61歳で亡くなった。訃報を聞いたとき、真っ先に浮かんだのは記録でも数字でもなく、あの薄い青のまわしと、左前みつを取った瞬間の爆発的な前進だった。 あなたが子どもの頃に「かっこいい」と思ったスポーツ選手は、誰だっただろうか。